杜埜不月

杜埜不月(もりの・ふづき)です。30代後半の「アラフォー」の男性です。猫といっしょに暮らしています。

文学に関しては、長編は読むのも苦手ですが、短編ならなんとかということで、例えば私の高校時代には当時亡くなられたばかりの星新一先生のショートショートをほぼ全部読破するなどしていました。

このペンネームの由来はと申しますと、前半部分「杜埜」は単に「木」と「土」の字から構成されることから半ば奇をてらうようなかたちで決めました。

後半部分もまた「木」と「土」からなる「桂(けい)」にしようと思いましたが(ちなみに私の戸籍上の姓はカ行から始まり頭文字もK(ケイ)であったのもありますが)、それも何だかなと思いまして、自分の生まれ月の7月にちなんで、その異称の「文月(ふづき)」にと思ったらパソコンでの漢字変換候補に「不月」というのも出てきて、「文」書きというより、まだまだ「不」勉強だな、という自戒を込めて「不月(ふづき)」と名乗ることにします。

大学時代(といっても3年で中退したのですが)は情報工学科のバリバリの理系の学生でしたが、縁あって無刀会に参加するにあたって、私なりの自分らしさにじむ活動をしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

杜埜不月さんは、富山県内ではもっともレベルの高い進学校を出ておられ、東京の国立大学に入学されました。

それで思うのですが、このペンネームには深遠な意味が込められているのではないでしょうか。

木と土の間に来るものは、五行説でいえば「火」です。なので、火のようにめらめら燃える情熱をお持ちなのかもしれません。

また、カーペンターズに"Rainy days and Mondays always get me down"という有名な歌がありますが、不月とは、不雨であるがゆえに不水でもあり、「杜埜」と考え併せるに、曜日の並びから見て「火」を強調するものであり得るのです。

しかも、デプレッションの対象である月曜日を否定することで、「不鬱」の意味も汲み取れるのです。

このようなことから、杜埜不月とは、火のようにめらめら情熱的な人間を示すと、言えなくもありません。もちろん、この解釈は、私(大坪)の勝手な解釈であり、本人に言わせればまったく違う意味なのかもしれませんが、いろいろな意味に取れるペンネームというものも、なかなか謎めいていて面白みがあるものです。

ペンネーム一つで、いろいろ考えさせてくれる杜埜さんは、今後どのような作品を書いてくれるのか、楽しみです