鞭と人参B6版80ページ

この作品は、作者大坪命樹の初期作として、以後の作風に決定的影響を与え得た問題作二作を収載しました。「鞭と人参」の方は、執筆当時長崎で活動していたコスモス文学の会で、新人賞奨励賞を戴いたものでもあります。

これらの作品群の小説世界は、当時絵画鑑賞を始めて、美術の影響を色濃く受けたかぶれがあって、ダリか何かの「シュールレアリズム」の絵画のようです。しかし、作者はアンドレ・ブルトンの文章を一度たりとも読んだことがありませんし、シュールレアリズムの専門的勉強をしたことも全くありません。

それなのに、シュールレアリスティックな小説と銘打っているのは、知ったかぶりもいいところなのですが、少なくとも僕の知る限りの日本文学に、類した作品は見当たりません。SFでもファンタジーでもない、なにものかです。下手すれば、ただの妄想です。

しかし、特に「鞭と人参」は、作者の同郷の友で在京時代とても仲が良かった今は亡きN・M氏に捧げられた者です。大学時代に、彼は不明の原因により夭逝しました。作者はそれをとても悲しみ、当時は「故心友R・Tに捧ぐ」と銘打って、コスモス文学に掲載しました。「R・T」とは"Resisting Tokyo"の略のつもりでした。彼に対して作者は、人混みや競争に揉まれ、東京に楯突いて共に戦ったという、そういう仲間意識がありました。その彼を在京中に亡くしてしまった……。

そんな想いが、「鞭と人参」には込められています。「努力神話の否定と母性原理の崩壊」がテーマとは、後付けに仔細らしく書いたことで、その当時は、何か彼に捧げたかった。しかし彼の伝記は書けない、ならば、ということで、彼への餞として、みずからの表現の限界に挑んで書かれた小説でもあります。

思い出深い作品なのは「眼」も同じで、在京時代のハードシップの中に筆を執った作品群です。作者としては懐かしく、ノスタルジックな小説集となりました。